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【完全帰国へその3:引き寄せで願いを実現した方法…というかコツ(笑】

わたしと長いお付き合いの方なら、
わたしがこれまで引き寄せてきた夢や願いがどれくらい実現してきたか
知っていると思うのですが、有難いことに本当にいろいろ叶えてこられました。

留学時代に「なんかいい事が起こる気がする」と言っては
嬉しいこと、思いがけず実現した願いなどいっぱいあって、
帰国してからちょっと勉強したら「潜在意識の活用」だったのかと知ったり、
「ザ・シークレット」という世界中で大ヒットした書籍と映画を観てから
「これのことだったのね!」と再認識&再勉強したりして、
着実に経験値を重ねてきたんだと思います。

スピリチュアル系の本もたくさん読んだし、
それに関わる方たちにもお会いしたり、
一緒にお仕事させてもらったり、
いろんな願いを叶えることで確実に引き寄せの法則の使い方を
マスターしつつあるとは思っていて、自信はあるんです。

ですが。

前回のその2で書いたような事が、
思いもよらないタイミングで起こると、

「本当に引き寄せってサプライズ好きねーもーーっ♪」

と感心、感動してしまうんですね…。
もうそんな奇跡みたいなこと何度も経験してるんですけどね。
毎度、感動しますわ、やっぱり。素晴らしいなと。有難いなと思います。

で、題名に書いた引き寄せのコツなんですが。

まずね。いろんな書籍読んでくださいね。(←えっそこから?
だってね、もう世界中の人が同じことを、何度も何度も、
言葉を替え、表現を替え、指南方法を工夫して、いろんな言語で書いて翻訳されて、
DVDにもなったり、映画にもなったり、スピ系と関係ない分野でも
「知ってる人は知ってる。すでに(意識的&無意識的に)実践してる」
と大々的に世界中に拡散しているんですよね。

でも。
わかんないひとは、ずーーーっとわかんないわけ。

感性の違いとか、その人がまだ理解できないとか、
胡散臭いとか、宗教系?こわい~みたいな感覚でしか飲み込めない。

でもね。
それでいいの。それでいいのよ~それで(これで)~いいのだぁ~♪なの。

わからない人がいて当然。
理解できない、したくない、興味ない人がいて当然。
強要もせず、批判もせず、疑問ももたずに受け入れちゃう方が良い。
ですからね、長くてまどろっこしい前置きでしたけど、
これからわたしが書く事に興味のない方は閉じちゃってOK.
多分、引き寄せの法則をある程度わかっていないと
「オカルト?トンデモ?」っていう感じで終わっちゃうから♪
























































はい。
では、早速(笑)願い実現のコツ&わたしがやった方法について書きますね。


わたしの場合はビジュアライゼーション(視覚化、またはイメージする)が得意なので、
紙に願いを書くことと、イメージに近い写真や画像を集めることを最初にしています。
願いの書き方はいろんな本が出ているけど、下の書籍を参考にしていました。

wish list on the paper
uchuu 1
uchuu 2
uchuu 3

願いを現在形で書くとか、ポジワードのみで書く事に気をつけるとか、
先に感謝の先払いをするとか…もう基本中の基本なんで、
その点に関しては再度学び直しということで、何度もしっかり読み返しました。

で、2年前くらいに手帳に書いた願いがこんな感じ…。

■MDくんが○○会社の日本支社(東京)の社長になって○○(地域名)に住む。
■MDくんが東京で元気に楽しく働き、年収は○○万円(←ここ大事。通貨は円で!)。
■新居は○○エリアで広さは○○cm2、東南角部屋の○○階以上、
採光がよく、風通しが良い、最新の設備とセキュリティ、駅から徒歩数分…などなど。

願いのリストのホンの少しを書きましたが、これは本当に序の口です。
わたしは前回のマンションも今回の西面のマンションに引越しする際も、
「次に引越す新居の条件」として約20か条くらい書きまして、
2回とも1ヶ月以内にほぼ願い通りのマンションに引っ越しました。
MDくんはわたしのこのやり方を知っているので、面白がっていた。(笑
2回とも弊害があったのですが、わたしが「大丈夫。ちゃんとイメージしてあるからうまくいく」
と言っていたので、実現したときは本当に驚いていましたね♪

で、話を戻しますが。
一つ目のMDくんの東京で仕事を得た状態で移住する、という願いを書いた理由は
わ た し が 東京に帰りたかったという気持ちが大きかったからなんですね。
別にMDくんと別居して、東京と釜山で行ったり来たりでも良かったんです。
なのに、わたしは東京に帰る=MDの昇進を必ず書いていたんです。

この考え方が実現化を遅くしていたと思います。
心のどこかに「他人とその人生はコントロールできない」という
基本的な理解があるので、どうしてもMDくんの「昇進」を考えちゃうと、
(でも、現在の韓国支店の社長が許さないよな~東京来られるかな~)
と疑いの気持ちや不安が出てきてしまうんです。これが失敗のもと。

そこで少し、考え方を変えてみました。

「わ た し が (トミーを連れて)東京にさえ戻れればいい」
→これはわたしの純粋な願いでした。
他の人や環境を条件に入れてないという意味で。
制限が少ない。疑問や不安がわき起こりにくい=素直に喜べる願い。

この点に関しては、引き寄せの法則を私と同じくらい理解している親友からも
同じアドバイスもありました。

「Ayaちゃん。Ayaちゃんが東京に帰って来ることが大事なんだから、
MDくんの仕事がありきで東京に戻るって考えちゃダメだよ。」と。

わたしはいつも、MDくんが東京にくること前提で、それが先に決まってから、
わたしも一緒に、家族として帰国するんだと思ってイメージしていたんですが、
彼女が「まずは周りの環境がどうであろうと、自分が一番こうしたい!と思うことを
願った方がいいと思う」と後押してしてくれたのです。それからは…

「MDくんが昇進して東京支社の社長になる。私とトミーも一緒に東京に帰国する。
3人で仲良く元気に暮らす。母とも一緒に暮らせる。」

という願い&イメージから…

「私とトミーと母が一緒に元気に東京で暮らしている。
みんな幸せだ。東京でいろんな経験をして充実している。」

というイメージに替えました。むしろMDくんの人生の事は考えないようにして。
それは彼の人生の選択をわたしが強制しないようにするためでした。
でも、もちろんトミーにとってはかけがえの無い父親ですから、
追加イメージとして「MDくんも会社の方たちも、義家族もみんなハッピーだ!」
というざっくばらんな良いイメージもしていました。みんなが喜んでいる状態だと。

で、そういうイメージに替えたら数ヶ月で、「その2」で書いたような現実化!
願いは叶うので、本当に気をつけてイメージしないと大変ですわ。

よく「信じる」という一言で片付けてしまう本がありますが、
あれをもっと具体的にどうするかというと、書かれている本が少ないですね。
どういうことかといいますと、

信じるとは…「もうすでに願いは叶っていると思い、その願望が実現した あ と に
自分は何をしているか考えて、今 い ま ! それをやる、実行する。」

ということに尽きます。

わたしは昨年秋に、一旦帰省したときに2ヶ月の間、
免許を取ったり、トミーの育児について日本で読める本を
買ったり借りたりして読みまくっていました。
その時に「やっぱり東京で育てたい」とぼんやりとした願いが生まれました。

そして今年4月末から6週間帰省した時も、トミーを連れて東京の
遊び場を回ったり、無料体験レッスンなどを受けさせて、
やっぱりやっぱり…トミーを東京で育てたい、と更に強く願うようになりました。

(これはもう、決心しないと!)

と思い、「トミーと東京にもどる。完全帰国する!」
と決めました。その後わたしがやったのは、

■近所の幼稚園、保育園の情報集め。数箇所は実際に訪問しました。
■東京に戻ったら受けさせたい習い事の資料集める。
■都内の国際交流グループ…特にママ友グループを調べる。←すでにFBで登録済。
■わたしが東京に戻ったらすぐにやりたいことの資料集める。
■母に「トミーとわたしが戻って一緒に暮らしてるイメージしてワクワクしてて!」と頼む。
■わたしが実家に帰ったらすぐやる日課(母は仕事をしているので、家事全般などの)をイメージ。
■池袋周辺に住みたいので、NHK「フックブックロー」のOPを見るときに
「いっけぶっくろ~♪わた~しが住んでる~♪素敵なァま~ちぃ~♪いっけぶっくろ~♪」
と替え歌を歌いまくっていた。(苦笑←母もこれには苦笑していた。

もうすでに実家に戻っているイメージをして、暮らし は じ め て い る つもりで
準備やリサーチなどをしていたんです。まだ釜山に住んでいる間から、いろんな情報を収集して
東京での生活を心の中でスタートさせること…これが「願いは叶うと信じる」ということです。

言葉を替えると、

「願いが叶った あ と は ど う な っ て い る か」
を意識してイメージすること。

あれが叶ったからどう感じるか→嬉しい、興奮、感激、感謝、ちょー幸せ
あの願いが実現したらどうなるか→親友や家族に報告、ブログに報告記事書く
こうしたいな~という夢が叶ったら→大好評を得る、更にプロジェクト増やす、得たお金で○○する!

叶った後のことを想像して、喜びと感謝の感情に浸ってみて、
さぁ、次は何をしようかどうしようか~♪とウキウキワクワクすること。

これが「信じる」というプロセスです。
楽しんでまずはお試しあれ!
わたしも親友の彼女たちといつも「今ね~実験中」ってよく話してます。
(何を願っているかは敢えて聞かない。事後報告を楽しみにする)

で、約70日後に帰国する予定が立ちつつあります。
今私が楽しんでやっていること…それはもちろん、
帰国したあとに東京でどんな風にトミーと遊ぶか?
そんなことのリサーチばかりして超楽しんでいます♪
いろいろ素敵なサイトやコミュニティを見つけて興奮しています。

それについてはまた次回、シェアしますね~♪
つづく…。

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【完全帰国へその2:離婚話から驚きの結末へ…】

その1からの続きです。

今週の月曜の午後のことでした。
その前の週末に話し合い、「週が明けたら月曜の午後に裁判所に行きましょ」
という結論だったので、午後三時に仕事を早めに終えて帰宅する彼を待っていたのですが、
電話がなって「やっぱりどうしても別れたくない。もう一度話し合いたい。」
と言ってきました。もうすっかり今月中には帰国するつもりだったので、
わたしは荷造りを始めており、出鼻をくじかれる電話だったのですが
前回も書いたとおり、お互い憎みあっての離婚話ではなかったので、
(あの時、話したいと言ってきた相手を受け入れていれば…)という後悔もしたくなかったので、
とりあえずもう話したいことは言っとけ、聞いとけ、気が済むまで!という気持ちでOKしました。

その夜、彼が話してくれた事は、今までの話し合いを根底から覆すものでした。

結論をいいますと。

夫の会社はドイツに本社がある外資会社なのですが、
欧米を中心として、日本とアフリカ大陸を除くすべての大陸に支社があり、
最近は豪州、ロシアなどにも進出しています。
日本での取引は今まで韓国支社がカバーしていたのですが、

今回。

MDくんの直属上司であり社長であるリー氏が、
日本支社を東京に設立することを決心し、
その社長としてMDくんを送り出すことにしたそうです。


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


ホントですか?

本当に日本支社創めて良いんですか?

それって最高のシナリオ展開じゃないの!!!(歓喜

この話は数年前から何度か出ていたのですが、
具体的な時期や本気度はまだまだ先の話ね~という印象だったので、
MDくんから「リー社長が日本に行ってもいいって」
とGOサインをもらったと話した時は一瞬耳を疑いました。

どういうことかと、詳しく尋ねると…。

MDくんを社長として、日本支社を設立する。
当分のお給与は今まで通りの額を韓国支社から受け取る。
1年から数年かけて日本でのビジネスを軌道にのせる。
ある程度軌道に乗ったら、本社から正式に日本支社として
韓国支社から切り離して扱ってもらうことになる。
MDくんは東京で働くことになる。私たち3人で暮らせる。
彼は明日からドイツに出張なので、釜山に戻ったら
改めて社長と具体的な計画について話し合う…

ということになるようです。

ま さ か っ !
社長がこのタイミングでMDくんを手放してくれるとは思わなかったです。
彼は韓国支社にとって大黒柱的存在なんですね。
だから社長はMDくんを側においておきたかったはずなんです。

で も っ !
この話は完全に!パーフェクトな「渡りに舟」な流れ!

MDくんは日本語を本気で勉強するといい、
来年の設立に向けて少しずつ動き出すそうです。
リー社長はMDくんから離婚の話を聞いたとき、
「お前に出張ばかりさせて、Ayakaさんに寂しい思いをさせてしまった。
彼女が東京に帰りたい気持ちもわかるし、お前たちの離婚の原因のひとつは
俺の責任でもある」と非常に理解してくれたそうで、
今回のわたしの心の声に従った行動が、社長の決心を固めたようでした。
社長の一大決心に心から感謝しています。
危うく離婚し家族バラバラになりそうな展開が、
大逆転のホームランで、一気に話がまとまったのですから。

ただ、わたしが日本に帰国する時期がちょっと延びただけ。
本当は7月中に戻る予定でしたが、9月末になりました。

MDくんはまだあと1年くらい、釜山でひとり暮らしするかもしれないのですが、
わたしはその間にトミーと実家の母と3人で暮らして、
保育園の手配やら仕事復帰のための準備を進めたいと思っています。
この先一緒に暮らせるのであれば、1年くらい単身赴任だと思って大丈夫でしょう。

こんな話があるのかって、疑ってしまう気持ちもあって当然なのでしょうが、
わたしはある確信を持ちました。

(やっぱり引き寄せの法則で、願いが実現化したんだ。
やっぱりこの方法を、わたしはマスターしつつあるんだ)ということ。

というのも、2年くらい前にわたしは、紙に自分の願いを書いていて、
その中に今回の流れのように「MDくんが日本支社長になる。
東京で家族みんなで元気に仲良く暮らせるようになる。」と刻んだからです。

具体的にどうやったのかは、また続きで…。

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【完全帰国へその1:育児と自分の将来の事を考え続けて…】

ご無沙汰しております。
管理人のAyakaでございます。

4月末に実家に帰省しまして、6週間ほど滞在して、
6月の17日に釜山に戻って参りました。

そして題名にも書きましたが、
この度、わたくしは5年近くの韓国生活を終え、
日本に完全帰国することになりました!!!
























もうね…この流れに至るまでに紆余曲折や大きな課題、
悩んで悩んで妥協して諦めて…でもやっぱり人生を後悔したくなくて、
母やMDくんと義理家族の方も含めて、
いろいろ相談したり話し合ったりしまして。

実は一旦は離婚するという方向にもなり、
裁判所で離婚申請を出すという所まで行ったんです。
もう、今日の午後、裁判所いきましょ…って感じまでなりました。
お互いを憎んでいるとかではなく、わたしがどうしても東京に帰りたい、
トミーはそこで育てたい…という気持ちに固まっておりました。


トミーの育児を東京でやりたい理由。
これはもう釜山とは比べ物にならないほど、
教育的機会が豊かだということ。やはり「環境」って大切です。
これは釜山とソウルを比較しても似ていると思うのですが、
大都市の方が文化的にも社会的にも、スポーツや親子一緒のイベントや
学ぶ機会が圧倒的に豊富なんですよね。
山や海が大好きな人には釜山は最高でしょうが、
わたしは思ったほど「子どものための場所」が
少ない釜山生活に対して不安と不満がありました。

例えば、都内で公園を検索すると約2,000近くの結果がでます。
釜山の公園…大小入れても100あるのでしょうか…。
東京の方が人口も約4倍ですから、
親子参加型のサークルや活動的な育児グループ、
子ども向けの施設の多さも桁違い。


釜山にやっと動物園が完成しましたが、
規模にしても飼育動物の種類にしても、
入園料にしても、日本最古の上野動物園の方が断然いい。
東京には他にも大小サイズは違えど動物園があります。

同じように、図書館、博物館、美術館、児童館、遊園地、
公園、商業施設、自然体験場、乗り物、
コンサートや劇場、ダンスやアート系のイベントの多さは
釜山のそれとは全くもう別世界。
世界的大都会と地方都市ではもちろん違うのは
当然なんで、各々良さがあることがわかるのですが、
自分の故郷がそのチャンス多き都市なのだから、
子供にもぜひそのチャンスを与えてあげたいと思うのは
親心として自然だと思います。

東京という街の各エリアでそれぞれの個性があり、
素晴らしいバランスで輝いている大都市から得られる
多くの経験値は子どもの宝になると思っています。
特にわたしは釜山での生活を通して、
更に東京の素晴らしさを痛感した人間ですから、
戻ったら、思う存分楽しめるよう、活用できるよう
育児を更に充実させていこうと計画中です。

つい先日、NHKの番組で、
「今の子どもたちが成人になるころには
65%以上が今現在、存在しない職業ができている」
という話がありました。
それはつまり、今までのような学校教育や受験を中心とした
勉強や学習よりも、違った方法、違ったアプローチで
子供たちの才能や可能性を伸ばしていかないと、
新しい時代の流れの中で生き難くなっていくということだと思うのです。

わたしは20年前にアメリカの教育が気になって留学しましたが、
今はフィンランドやオランダの教育…というか人間を育てるアプローチの仕方に
とても興味があります。私自身がもっともっと視野の広い考え方で
勉強と学びを続けて、トミーと一緒に成長しなければならないと思いました。

もっと本を読みたいし、映画を観て感性を磨きたいし、
劇場で本物の音楽やライブ、お芝居やイベントを体験したり、
日本文化を楽しみ、ずっと興味があったことに
実践&チャレンジしたいと思っています。

英語のレベルアップと維持はもちろん、
スペイン語、独逸語を始め多言語の学習に挑戦してみたい。
ウェブクリエイターの勉強、洋裁、歴史、地理、世界遺産、
時事教養、またライブができるようなヴォーカルユニットかソロ活動したい、
魚料理と素敵なお料理教室に通いたい、ギター習いたい、
お気に入りの映画館とジム見つける、国家試験に挑戦する、
車で旅行するのに慣れる(笑)、空手か合気道習いたい、
もっと旅行行きたい、毎年一度は宮古島に帰りたい、
国際交流の場での経験を子どもと一緒に得ていきたい…。

以前、人生で何をしたいか、楽しみたいかというリストを
作ったときに200以上書き込みましたので、
上の願いはほんの一部なのですが、
東京に帰ったらたーーーーーくさんある選択肢が得られるので、
面白がりつつチャレンジしていこうと思っています。

で、じゃあ…夫はどうなるのか、といいますと。
本当に東京に帰るという決心をしたとき、
わたしは別居という形で家族を続けることを望んだのですが、
「家族が離れるのはよくない」という彼の頑固な信念により、
話がこじれ、先に書いたように「ではもう離婚しかないね」
という流れになったんです。

そして裁判所に離婚申請しにいくという日がつい先日のことでした。

つづく。

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